特集 兼六「縁」

鼠多門と鼠多門橋

建築物の背景

約140年の時を経て、往時の櫓門と木橋が甦る

令和2年7月、金沢中心部に鼠多門と鼠多門橋が完成した。鼠多門は藩政時代、金沢城西側にある玉泉院丸の出入り口であった二階建ての櫓門で、現在尾山神社境内となっている金谷出丸とは鼠多門橋によって結ばれていた。創建年は不明だが、江戸前期には存在していたことがわかっており、度重なる大火を免れ、明治期の火災で焼失するまで存在していた。平成30年に着工した復元工事で往時の姿が甦り、完成にともなって長町武家屋敷跡から尾山神社、金沢城、兼六園とつながる新しい回遊ルートも誕生した。兼六建設が金沢城公園整備事業に関わるのは玉泉庵、鶴の丸休憩館に続いて3物件目。これまでの経験を生かし、史実に沿った施工工事が行われた。

「史実に忠実に」が復元工事の大前提

工事のスタートは北側の解体歴史建造物が生まれ変わる

復元工事は史実をゆがめず、かつての姿を甦らせることが大前提といえる。絵図や古写真、発掘調査をもとに設計士が図面を起こし、施工者が安全性、耐久性を考慮しながら往時の姿に近づけていく。鼠多門は国内の城郭建築としては全国でも例を見ない「黒漆喰の海鼠壁」が特徴だが、復元の前例がなく、耐久性のデータがなかった。発掘された黒漆喰目地をもとに黒漆喰のサンプルを作り、雨風にさらす暴露試験を行い、耐久性を担保した。外壁に使う壁土は藁を入れて一夏一冬寝かせたものを使用するなど建材においてもできる限り史実に沿うことにこだわった。


黒漆喰の海鼠壁

発掘された礎石を往時の場所に活用

発掘調査では往時の貴重な遺構が発見され、工事はその保存にも配慮して進められた。お堀があった当時の堀底や橋脚の遺構を保存するため、杭基礎にはせず、鉄筋コンクリートの基礎と鉄骨で補強した橋脚・鋼床板を一体的な構造にすることで遺構保護と耐震性の確保を両立している。見えない部分での補強のため、往時の姿の復元に支障はない。また、発掘された礎石の一部は調査により使用場所が特定されたため、往時と同じ位置に使用し、現在、中央大柱と門正面右側の脇柱の下部分で見ることができる。


門正面右側の脇柱に活用された礎石

原木(能登ヒバ)の管理が木の精度を左右する

往時の鼠多門橋は水堀をまたいでいたが、復元後は車道に架かる陸橋となるため、高い安全性が求められる。史実に沿って橋上部の床材、高欄はすべて木造だが、橋脚や橋桁には鉄骨を使用し、周囲を木材で化粧する「木装」工事を行っている。鉄骨の強度を生かしつつ、木の温もりを感じさせる木装は高度な技が求められ、まず木の扱いに熟知した業者でないと行えない。兼六建設では能登ヒバの調達、製材、加工そして現場施工まで一貫して行い、含水率を十分に抑えた品質の高い木材を使用し管理、施工している。


木の温もりを感じる能登ヒバを使用

木の温かみと優雅な曲線美を再現

鼠多門橋の古写真を見て伝わってくるのは、優雅な曲線美である。尾山神社側から鼠多門へのびる木橋がゆるやかなカーブを描き、感性に響くような心地良さがある。しかし、この曲線を再現するのは並大抵なことではない。現場で施工図と現寸図に合わせ木材の板小口を少しずつ削り、板の長さを調整しながら一枚ずつ取り付けることで全体にバランスのとれた曲線に仕上げた。根気と技が求められ、大工さんとの信頼関係があってこそなせる仕事と言える。また、鉄骨と木の結合部分はマス型の木栓ですっぽり埋木をし、板表面の木目に違和感がないように施した。


安全性と造形美を両立している

ゆるやかな曲線が美しい鼠多門橋

釘を使わず組み上げる伝統の技を後世に

金沢は伝統を重んじるものづくりの町であり、建築の世界でも歴史的建築物を手掛けられる匠が存在する。何年にもわたる金沢城の復元工事はそんな技術を後世へ伝える舞台でもある。鼠多門は釘や金物を使わず、石川県産の能登ヒバやスギ、国内産のマツやケヤキを組み立てる在来工法で建てられ、なおかつ現代の耐震基準も満たしている。鼠多門の施工現場で伝統の技を発揮した棟梁は熟練の大工さんだ。施工現場は匠の技術が若手の大工さんへと継承される場でもあり、次の城郭復元を担う人材が育成される。


施工現場が伝統技術の継承の場に

釘を使わない巧みな技術

施工者インタビュー

思い出の場所に架かる橋に深い縁を感じる

弊社が金沢城公園整備事業に携わるのは今回の工事で3回目となり、本当に実績の証ともいえる大変名誉なことと思っています。実はこの工事には特別な思い入れがあり、これまでに建てた玉泉庵、鶴の丸休憩館へと回遊路を通しつながって行きます。その架け橋になると思うと、とても深い縁を感じます。そんな感謝の思いを込めながら約2年間工事に携わってきました。橋の完成により、長町から金沢城をつなぐ藩政期の回遊ルートが復元されたこともうれしく思います。これからもこの橋を渡る時は工事中の楽しい思い出がよみがえってくるでしょう。金沢の四季を感じながら、そして深い縁に感謝しながら金沢城公園を散策し、何度も橋を渡ってみたいと思っています。

現場所長(鼠多門橋)
池田 茂

昭和51年4月 兼六建設㈱入社

【資格】
1級建築士、1級建築施工管理技士

【主な現場】
松任市庁舎等新築工事、石川県立看護大学(仮称)建設工事(建築・図書館)、金沢大学医学系研究科(保健学)校舎新営工事、金沢城公園整備(玉泉院丸休憩所棟)工事(建築)、金沢桜ヶ丘高等学校改装工事(校舎棟その3・建築)、金沢城公園整備(鶴の丸休憩施設)工事

東京営業所副所長 東京営業所において営業及びマンション建設に従事。

現在は本社勤務。

熟練の技が継承される場に立ち合える誇り

私は鼠多門の現場所長を任せられました。金沢城整備事業の復元工事は歴史的に意義があるもの。一生に一度関わることがあるかないかの大仕事だと思うので、所長に抜擢されたことを誇りに思います。鼠多門は他の城郭にはない特徴を持ち、参考にできる前例がない分、建材の耐久性ひとつとってもゼロから検討しました。足場となる素屋根を組む際も配慮すべきことが多くあり、苦労しましたが、JV(ジョイントベンチャー・共同企業体)構成員や職人一丸となって乗り切ることができました。金沢城ではこれまで数々の復元工事が行われてきました。それらに携わった熟練の大工さんの技が今回初めて復元工事に参加した若手の大工さんに受け継がれるところを目の当たりにし、復元事業の意義を実感しています。

現場所長(鼠多門)
津田 幸大

平成11年4月 兼六建設㈱入社

【資格】
1級建築施工管理技士

【主な現場】
加藤邸新築工事、しいのき迎賓館整備工事(内装)県庁跡地地下駐車場整備工事(キャノピー等)、金沢市庁舎耐震改修工事第3期(建築工事)、味噌蔵町小学校校舎耐震補強工事第2期(建築工事)、朱鷺の苑かがやき建設工事、ケアハウス朱鷺の苑かがやき建設工事

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